「修身」という言葉には、
どこか息苦しさがつきまといます。
道徳、訓戒、正しさの押し付け。
そうした連想が、今の私たちを遠ざけてきました。
けれど本来の修身は、
誰かを従わせるための教えではなく、
自分自身の判断を整えるための思考の技法だったはずです。
私は「現代のための修身編集者」として、
歴史的な言葉や古典を、
現代人がそのまま従うためではなく、
自分で考え続けるための材料として編集することを目指しています。
今回Kindleで刊行した
『AI訳 吉田松陰 士規七則』 も、
その試みの一つです。
『士規七則』は、
吉田松陰が二十六歳のとき、
獄中から弟子・玉木彦助に宛てて記した短い書簡です。
完成された思想書というより、
迷いや緊張を含んだまま差し出された言葉だと読めます。
忠や孝、士としての覚悟。
それらは、現代の価値観とはそのまま重なりません。
だからこそ本書では、
「正しさ」として回収することを避けました。
原文を示し、
可能性としての現代語訳を添え、
実生活に置き換えたときの場面を並べる。
判断は、読者に残します。
松陰自身が序文で書いたように、
人は読まないし、読んでも行わない。
それでも言葉を残すのは、
未来の誰かが立ち止まって考える材料になるかもしれないからです。
この本は、
生き方の答えを与えるためのものではありません。
修身を、再び
考え続けるための言葉に戻すための、
ひとつの編集の試みです。







コメントを残す